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2009年3月

1年

結婚1周年☆

新年早々、辛いことがあったけどハナはまだあきらめてません。体調が戻り次第、赤ちゃんほしいな…

また、何かあったらと不安になるけど頑張ろう。

あきらめたら、そこで試合終了(スラムダンク)だもんね

周りとくらべて、焦ったり、落ち込んだりするのはやめよう。

無理な自分探しで何もしないでつかれてしまうのもやめよう。だって自分は探さなくても、ココにあるから!(叶恭子お姉様)


ユル〜く生きてくのが結局ハナの私らしさ


リリーさんがいう胡散臭いままのわたしで生きていこう

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離婚

藤原紀香と陣内智則の離婚報道もそろそろおわり…??WBC と並んですごい騒ぎでしたねcoldsweats01coldsweats01


でも、夫婦の問題は二人で解決するのが一番でしょう☆
誰かに相談はしても結論をだすのは自分。行動するのも自分。
親やら風水師は話はきいてあげても、それ以上のことをする必要ないんじゃないsign02

てか離婚するまえに風水でなんとかしてやれよ〜みたいなね。

大事な決断は自分でしないと後悔すると思います、ハナはねnote

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ひとりゴハン

ひとりゴハン
今日はやる気がでないわ〜


スッキリしないお天気のせいにしちゃえ

本当はなんでか分かってるんだけどね

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感情のないオバケ

外に出てちゃんと笑えてるのかしら


無表情でお料理や洋服の楽しげなブログうってる自分


ヤバいっしょ〜

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復活

復活


まだ、人と会ったりする気分にはなれないけど、そろそろ大丈夫そう。

孤独は、乗り越えた。

あとは不安という真っ暗な闇にのみこまれないこと 


今日の格言☆笑う門には福来る。。+゚゚。。+゚゚。。+゚゚。。


写真はキャベツのパスタ。柚子胡椒がいい感じ

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ごはん

ごはん

食事は大事ですね


完全に栄養偏ってますdown


そろそろ、きちんと作らないと…

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ずっと忘れない

亡くなった、赤ちゃんの供養…

私は地元で有名なお寺へ一度お参りにいきました。
どうするのがいいか色々調べましたが、水子供養と唱っているもいのはなんだか営利目的なものがほとんどな気がして…戒名をもらってという本格的なものはしませんでした。

主人とはなしたのは亡くなった赤ちゃんのことはいつか妊娠、流産を報告したみんなが忘れてしまうかもしれない。でも私たち2人はずっと忘れないでいようということ。
それが、赤ちゃんにしてあげられる唯一のことかなと思います。

だいぶ落ち着きましたが、今でも急に悲しくなったり、自分の行動に問題があったんじゃないかと考えたり…また同じように流産してしまったらと思うと次の妊娠も積極的には考えられないし。


わりとリアリストな方ですが、亡くなった赤ちゃんはまた同じ母親の元へきてくれるという話を信じて、願う毎日です。それまでは赤ちゃんにがいつ戻ってきてくれてもいいように母親として、人間として成長していかないと。今はそういう期間なんだと思っています。

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優しくしてほしい

流産して、一番辛いのはやっぱりママ自身だと思います。
でも、パパも同じように辛いのです。泣いて一日中すごしている私をみたら自分が悲しんでいる時間なんてないんだと思います。主人は、口下手でそんな時も優しい言葉をかけてくれません。主人のそんな性格は長年つき合っているのでよくわかっています。でもそんな主人を、冷たい、あたしの気持ちを全然わかってくれてない…と思いました。朝、早く仕事に出かけ帰ってから、出血が続き自宅安静といわれた私にかわって、炊事や洗濯、掃除…  今、考えるとよくやってくれました。
でもその時はそんなことに気づきもせず、それよりそばにいてもっと優しい言葉をかけて欲しいと思っていました。  不器用な主人がオレだって、ショックだったんだよと、今は辛いけど二人で乗り越えてまた赤ちゃんがきてくれるのを待とうと電話で言ってくれた時は(不器用だから直接言えない)
救われた気がしました。

実家の両親の前では心配させたくないとなるべく元気に振る舞いましたが、家に一人、または主人と二人でいる時は泣いたりやりきれない気持ちを主人にぶつけたりしていたわたし。 でも今は主人が私にとって一番身近な家族。両親にそうするように、主人にこそ私も優しく、思いやっていくことが大事なんだと思いました。

今更ながら改めてそんなあたりまえの事に今回の件で気づきました。

赤ちゃんが教えてくれたんだと思います。
多くの同じ経験をされた方のブログにもあるように、赤ちゃんは短い時間の中で驚くくらいいろんな事を私たちに気づかせてくれます。

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病院

わたしの場合、生理痛のような痛みがあり、自宅で出血、流産…だったので手術はしませんでした。
出血した翌日、でてきたかたまりをもって病院にいき内診、子宮にはほとんどなにも残っていなかったので子宮を収縮させ元に戻す薬をもらい、その1週間後に経過を診てもらい、出血も少なくなってきて、子宮の戻りもいいということで2回の来院でおわりました。30代での稽流流産は全体の20%といわれ、産科では珍しいことではないせいか、「今回は残念ながら…体調を整えて次の妊娠に備えましょう」とだけ言われました。特にメンタル面のケアというのはなかったように思います。
まぁ、こちらもはじめからそういった事は期待してはいませんでしたが…
流産した翌日の診察で内診台のうえで10分程、カーテンの向こうでスタッフの方が勤務シフトについて笑いながら話しているのをボ〜っと聞きながら、先生がくるのを待っていました。私もその時は、患者への配慮が足りないと思ったりするほど思考がはたらきませんでしたが、今考えるともう少し、患者の気持ちも考えてもらえるといいなと思います。

それより待ち合い室で妊婦さんたちの中で泣きはらした顔でいるのは辛かったです。母に付き添ってもらいましたが、母もつらかったと思います。周りの同年代の方はお腹の大きい娘に付き添ったり、孫を抱いている方ばかりだし…。待ち合いを分けることって無理なのかしら…

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気づき

2週間前の自然流産で子宮からすべてのものが流れてしまって、以前と同じ体になりました。
感じたことは、体の軽さ、空虚感。
2ヶ月の妊娠だったけど命の重さを心だけじゃなく体でも、感じました。

子宮は、しばらくしくしく痛んで泣いているようでした。死にたいくらい悲しいのに体は泣きながらも生きようと元の状態に戻ろうとする。赤ちゃんは健康にすくすくお腹の中で育っていくのが当たり前だと思っていました。人間が生まれること、自分が健康でいられること、今までの穏やかだった生活は当たり前のことではないということ… 悲しみと恐怖で眠れない。

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死


先月、とてもつらいお別れをした。稽流流産。


予定より8ヶ月も早い我が子との対面。


まだ人らしいかたちにもなっていなかったけど、たくさんの血と一緒にでてきたそれを見た
瞬間に赤ちゃんだと直感した。


主人と二人で、小さな小さな我が子に何もしてあげることもできず泣いた。


ブログに書くべきことなのか悩みましたが、私自身が同じ経験をされた多くの方のブログをみて、色んな事を感じたり考えさせられたりしたので少しずつにはなると思いますが自分の気持ちをブログで残していく事にしました。

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